65億人の殺人容疑者 解決編

 ※ 先に問題編を読んでから見てください


 A氏は完全殺人サイトXを運営するY氏にメールを送った。


 送信者:A氏 2008/06/07 19:36
 題名:完全殺人サイトXの管理人である


 Yさん、はじめまして、Aと言います。あなたのサイトにある情報によって殺された人間がいました。テンプレート化された殺人と言っても過言ではありません。その点についてのお話をお聞かせいただけますか?

 数十分後、Y氏からメールが返された。


 送信者:Y氏 2008/06/07 20:12
 題名:はじめまして、その前に。



 Aさん、あなた何関係のヒトですか? マスコミですか? それとも警察ですか?
 送信者:A氏 2008/06/07 20:18
 題名:私はただの野次馬です。


 ご安心してください。公安に勤めている者ではありません。ただ興味本位で調べたいだけの者です
 送信者:Y氏 2008/06/07 20:20
 題名:失礼しました


 そうですか、すいません。この前も警察から閉鎖するように催促されたんですが、私は自分の書いたトリックで人が簡単に殺されるものだと思っていません。なので、お断りしました。
 送信者:A氏 2008/06/07 20:23
 題名:いえいえ、配慮の足りなかった私も悪いと思います。


ところで、Aさん、その殺人は自分で考えたものなにでしょうか?
 送信者:Y氏 2008/06/07 20:29
 題名:はい、そうです。私が考えた殺人です


 皆さんに推理小説などで使ってもらいたいと思い、オープンソースとして公開したものです。
 送信者:A氏 2008/06/07 20:33
 題名:なるほど、面白いですね。


 オープンソースですか。いいアイデアかと思います。しかし、推理小説のトリックなんてものは一つの作品にしか用意できないものなのです。推理小説はトリックそのものが“売り”であり、“カオ”であり、それをマネしようなんて、二番煎じというしかありません。小説そのもののアイデンティティを殺すようなものですよ
 送信者:Y氏 2008/06/07 20:34
 題名:幾らなんでも失礼ではありませんか?


 あなた、何が言いたいのですか? 私が好きでやっていることに口出しするだなんて!!
 送信者:A氏 2008/06/07 20:39
 題名:あなたが思っているようなことで言っていません


 推理小説のネタとしては素晴らしいトリックです。芸術です。実に香ばしい匂いがします。でも、それを使いたがる小説家はいないという話なんです。パクリと言われて糾弾されます。
 送信者:Y氏 2008/06/07 20:41
 題名:無題



 だから何がいいたいんですか!? あなたは? 訴えますよ!!
 送信者:A氏 2008/06/07 20:43
 題名:私が言いたいのは……


 私は、あなたがこれをオープンソースした理由は推理小説のネタではなく、殺害方法を広めたいだけなのかと思うんです。
 なぜなら、このページの最終更新日が五月二十五日だからなんです。どうしてなんでしょうか?

 A氏は雑談を経て、いよいよ本題へと切り出した。Y氏からの返事がないかもしれないと思いながら、テーブルの上にあるコーヒーを啜った。
 数分後、Y氏からの電子メールが来た。


 送信者:Y氏 2008/06/07 20:51
 題名:すぐ反応しましたので



 それは、ご存知のとおり、私の書いたトリックどおりに殺人事件が起こったので削除しました。しかし、私のホームページに来るユーザー達がなぜ消したのと言ったので仕方なく再公開したのです。


 A氏はコーヒーを飲み干し、指をパチンと鳴らした。まるでベイティングに引っかかったことに喜ぶ釣り師のような顔をした。



 送信者:A氏 2008/06/07 20:54
 題名:それは嘘ですね。


 この事件が大々的に広まったのは六月二日のC美という女性が殺されたからです。
 五月十八日に殺されたB男さんについて取り上げるニュースは何処にもありませんでした。
 最低でも世間に出てきたのは六月三日からなんです。五月二十五日で知ることはまず、ないんです。


 送信者:A氏 2008/06/07 20:56
 題名:完全犯罪のテンプレート

 おそらく私が思うに、六月二日でC美さんを殺したかったのでしょう。誰が殺したのかわからないようにするために、五月二十五日にこの情報を公開したのだと思います。

 B男さんを殺した殺人方法のテンプレートを公開することで、C美さんはそのテンプレートどおりに殺されたことになります。

 つまり、このテンプレートがあれば誰でも殺人を犯すことができる。犯人は“誰にでもなれる”わけです。


 A氏はY氏からの反応を見ようと一旦、メールを送るのをやめた。だが、Y氏からのメールの返信は来なかった。
 A氏の推理にショックを受けたのか? それとも、これ以上かかわることをやめたのか? 普通、ここでやめて後日に回るのが一般的なマナーといえるであろう。

 ……でも相手は殺人者だ。時間を与えるわけにはいかない。

 A氏は前もって、M部長にY氏の自宅近くに待機させるように指示していた。しかしながら、犯人が逆ギレし、ケガを負わせる危険性があるかもしれないとA氏は考える。
 最も傷のつかない方法で解決しようと決断したA氏はY氏がまだデスクトップの前にいることを願い、電子メールを送信した。


 送信者:A氏 2008/06/07 21:02
 題名:あなたにだけホントのことを教えます

 あなたは知らなかったと思いますが、実はB男さん、事件性のない死として扱われていたんです。おそらくあなたはこの事件が重要性のある事件だと思い込んでいたはずです。

 しかし、あなたはどうしてもC美さんを殺したかった。でも、B男さんの件でバレるのかもしれない。

 そこであなたは殺人テンプレートを公開することで、自分は犯人じゃないとしたかったはずです。にわとりが先かたまごが先か、という、起点をあやふやにしたかったです。

 しかし、少しばかり詰めが甘かった。最終更新日に気をつければ。65億の殺人容疑者にしたかったあなたの策略はそこで頓挫することになりました。


 A氏はこのメールを送った後、M部長にY氏が逃げないように見張るように連絡した。

 A氏は空のコーヒーを淹れなおし、Y氏のメールを待っていた。M部長から連絡が来ないため、Y氏は自宅にこもっていることはわかっていた。
 後は相手の出方次第だった。


 Y氏からのメールが来た。


 送信者:Y氏 2008/06/07 21:54
 題名:そうです、私です。


 ……ちょっと時間がなかったんです。自動更新されることなんて、忘れていました。


 Y氏は自分とやったという文面メールをA氏に返した。そう、Y氏は自分がやったと自白したのだ。

 Y氏のメールは続く。



 
 そもそもこの完全犯罪のテンプレートは世間に見せるつもりのなかったものでした。しかし、B男が憎く、この殺人方法を使おうと思いました。

 しかし、B男を殺した後、なんだか自分が神様にでもなったみたいに、誰でも人を殺せる権利があるのだと思い込んでしまいました。そう思ったら、昔私をいじめたC美を殺したくなりました。
 そこで、この完全犯罪テンプレートを公開することで、みんなに同じ色の旗を持たせて、自分が何処に居るのかわからなくするつもりでした。しかも、B男の事件もうやむやにできるので、一石二鳥だと思いました。

 ところが、自分だけが旗を立てるような結果を生み出しました。まったくマヌケでした。


 送信者:A氏 2008/06/07 22:00
 題名:無題

 殺人権なんて誰もが持っている。けれど、その権利を執行しただけの責任という対価がやってくる。しかもその責任は自分だけでなく、家族、いや、世界に影響を与える。
 そんな影響された世界をまとめきれるだけの力は誰も持っていない。だから世界は不満足なんだ。


 送信者:Y氏 2008/06/07 22:02
 題名:re:無題


 そうですね。わかってはいました。でも、責任がなくなると思うと、なんだか自由になれたんです。ホント、なんだか身勝手な思い込みです。……私の負けです。
 送信者:A氏 2008/06/07 22:05
 題名:私の勝ちですね。

 参りましたか?


 送信者:Y氏 2008/06/07 22:06
 題名:ええ。

 白旗です。


 A氏は軽く微笑み、この難事件を見事に解いたのであった。


 ……しかし、まだこの事件はまだ解決していなかった。


 送信者:Y氏 2008/06/07 22:08
 題名:お願いがあります


 ……最後に一つ、あなたに言いたいことがあります。
 送信者:A氏 2008/06/07 22:10
 題名:なんでしょうか?


 私のできることなら何でもします。
 送信者:Y氏 2008/06/07 22:12
 題名:お願いがあります


 D助を殺したのは私じゃありません。……他の誰かです。

 どうやらA氏の仕事はまだまだ終わらなそうだ。


 完全犯罪のテンプレートで殺されたD助、果たしてA氏は捕まえることができるだろうか?


 三乗玲先生の、次の作品に、ご期待ください。

うーん、まだまだ甘いです。

 はい、打ち切りです。ご愛読ありがとうございました。
 色々と言いたい事をまとめちゃったショートショート『もはやショートノベルかも』でしたが、満足できれば幸いです。