ゲーム脳の治療薬『ゲームキラー』

 
 増え続ける凶悪事件、世論は歪んだ社会構造が凶悪事件を生み出すと信じていたが、マスコミは未だにゲーム脳に冒された者こそが犯罪予備軍と主張した。人々はそんなマスコミの言い分、またか、と言って、彼らのいうことを聞き流していた。
 
 ところが、そんな認識を覆す出来事が起こる。とある海外の脳科学者チームによって、ゲーム脳こそが凶悪犯罪を起こすものだと発表された。その数ヵ月後、同脳科学者のチームはゲーム脳の解明に成功し、それを食い止めるための薬品を完成したのだ。
 脳の海馬の近くにある「ベンゾジアゼピン受容体」の機能不全や、側頭葉の内側にある扁桃体の機能不全を復活させる。つまり、ゲームによって退化した脳の組織を生き返らせるカプセル状の薬品が生み出されたのだ。


 いくつものの臨床実験を重ねて、副作用が出る可能性が0.0001%以下という数値を打ち出した。そのクスリは口にするとチョコのように甘いが、麻薬のような依存性がなく、快感を生み出す薬品ではない、と脳科学者達は答えた。
 彼らはこの副作用のない万能たる薬品の名を、ゲーム脳からあやかり、ゲームキラーと名づけた。
 
 副作用がないゲームキラーであったが、実例(ゲームキラーによって、凶悪事件が減少した)がないために、ゲームキラーは向精神薬に分類された。事実、精神科の医師がゲーム脳と認定した者にしか服用が許されない薬品となった。
 しかしながら、ゲームキラーの噂を聞いた人々はこぞってゲームキラーを欲しがっていた。ゲーム人口が増え続けている世界で、ゲームキラーの需要は高かった。
 特に、一日、一時間以上ゲームをする子供のいる家庭では、ゲームキラーは喉から手が出すほどの代物だった。誰も自分の子供を犯罪者にしたくなかったというのが本音であった。
 これにより、子供たちは次々とゲーム脳と認定されて、ゲームキラーを服用するようになった。ゲーム脳にさせたくないのに、ゲーム脳にしたがる親がいるこの矛盾、まさしく皮肉であった。
  
 ゲームキラーの普及により、子供達、並びに若者の凶悪事件は減少するものかと思われた。しかし、そんな願いもむなしく、通り魔事件が起きた。
 通り魔はすぐに捕まった。通り魔は21歳の若者であった。その若者はゲームキラーを半年の間、服用していた。
 マスコミは「ゲーム脳だから犯罪を犯した」「ゲーム脳でなければ、犯罪は起きなかった」と報道を繰り返した。
 それからゲームキラーを服用した子供たちや若者が続々と凶悪犯罪を犯すようになった。理由は家庭不和やネグレクトなどといったあからさまな家庭問題だったが、脳科学者とマスコミは必死に、ゲーム脳が治っていないから凶悪事件が起きたという一点張りだった。
 なお、凶悪事件の数は例年と同じぐらいで、その中で目立ったのはゲームキラーという言葉であった。
 
 人々がゲーム脳という存在を信じ、ゲームキラーの需要が更に高まりだした、そんなときに、ネット界隈である噂が流れた。
 
 ゲームキラーはゲーム脳へとさせる薬物、つまり、凶悪脳にさせる薬物ではないのか?
 
 ゲームキラーという薬物が登場してから、ゲーム脳の犯罪者が増殖した。言い換えれば、ゲーム脳ではなく、ゲームキラーがそうさせたのではないだろうかと意見が高まった。
 これを受けて、ネット界隈ではゲームキラーの処方の禁止、並びに禁止薬物の指定にする草の根運動が始まった。子供にゲームキラーを服用していた親はゲームキラーを与えることをやめ、人々は自主的にゲームキラーを禁止するようになった。
 
 だが、マスコミは凶悪事件が起こる度に、容疑者がゲームキラーを服用していたのではないかという視点で情報を配信するようになった。そして、ゲームキラーが服用していた記録を見つけると、『まだゲーム脳が完治しないのにも関わらず、自主的にゲームキラーを服用したことをやめたために、凶悪犯罪へと手をそめた』といって、報道していた。マスコミはなんとしてでもゲーム脳という言葉を使いたがった。
 しかし、ゲーム脳という言葉を使えば使うほど、ゲームキラーの危険性が危惧された。人々は自分達があの悪魔のクスリを服用したことに後悔した。特に大きな被害がもたらしたのは子供たちであり、親達はゲームキラーを服用させた子供に戦慄し、距離を置くようになった。
 それからか、子供達の凶悪事件が本格的に増加したのは。ゲームキラーを服用した子供とつきあえない親が出てきた。いつ自分が殺されるかわからないと苦しんでいた。
『自分たちの家庭を壊したのはゲームキラー。これもすべて、ゲームキラーのせいだ!』と声をあげて、ゲームキラーが全ての元凶だと責任を転嫁させるようになった。
 
 数年後、地道な草の根活動によってゲームキラーは向精神薬の対象からはずされ、危険薬物と認定された。ゲームキラーが危険薬物になったことで、海外の脳科学者チームは責任を取るカタチで解散した。
 
 ゲームキラーは危険薬物と指定されたことで、アンダーグラウンドではゲームキラーを巡るビジネスが始まった。
 今までよりも快楽をもたらすことができると売り出されたゲームキラーは人気があった。そのため、ゲームキラーを巡る凶悪事件が頻繁に起こった。
 
 ――ゲームキラーは凶悪な脳を作る刺激的な薬物。自分と違う自分に出会える。ゲームキラーは危険薬物だというだけで、刺激的な言葉にとり憑かれるようになってしまった。
 
 半年後、とあるテレビの報道番組で元脳科学者のメンバーの一人がゲーム脳についてこう語った。
 
「勇気をもって言わせてもらう。ゲーム脳はウソだ。我々はあらゆる企業や国家からお金をもらうための詐欺だった。一部、マスコミにお金を渡すことで、我々のビジネスは確立することができた。しかし、これだけは、信じて欲しい。あのクスリには毒性などなく、それどころか、あのクスリには何の効用もない、いわゆるプラシーボだ。私も臨床時、あのクスリを服用していたが未だに、凶悪脳になってはいない!! 我々が、ゲームキラーが凶悪脳を生み出したなんてウソだ!!」
 
 テレビを見ていた視聴者はこういった。
 
「へえ、あの脳科学者、凶悪脳だったんだ。そりゃ、平然とウソつけるよな」