SFショートノベル   記憶屋さん


 ――そう遠くない未来、世間では記憶屋という商売が流行った。


 記憶屋というのは記憶を売買する商売だと思われるが、残念ながら人間には記憶を売買することはできない。パソコンであれば、ハードディスクに記録したデータを交換すればいいのだが、残念ながら脳と呼ばれる肉の集合体にそんなことはできない。
 しかしながら、催眠によって記憶を封じ込めるができた。強い暗示作用によって、“記憶をなくす”ことができる技術が確立された。これにより、記憶屋という商売が成立することができた。

 そんなエセ科学なところに一生つきあうはずがないと思っていたが、それに頼らないといけないようになってしまった。
 ――思い出すだけでも脳がきしみ、罪悪感というのが胸を締め付ける。日々そんな記憶を押しつぶされていた。それから抜け出すには“記憶”をなくすしかなかった
 
 
 記憶屋へと入った僕はカウンターにいる店員に案内されて、店の奥へと入った。


 店の奥へと入るとそこには恰幅の良い男店主がいた。
「はじめまして、さっさ座って」
 男店主の向かいにあるイスに座った。
「どんな記憶をなくしたいのでしょうか?」
「あの、その前に、ここに来る客層はどんな方が多いのでしょうか?」
「ああ、心配しているんだね。――大丈夫、ここに来るヒトは皆、キミのような悩みで苦しんでいるヒトばかりだよ」
「……そうですか、安心しました」
 僕がホッと息をついた。
「それじゃあ、どの記憶をなくしたいか話してくれませんか?」
「電話で申し込みしたとおり、すべての記憶をなくしてください」
「すべて、ですか?」
「言葉や知識は残してください」
「わかっています、それよりもホントにすべてでいいんですか?」
「もう耐えられないんです、この記憶が」
「でも、記憶をなくすというのは今までの経歴をゼロにするってことですよ。技術面で培ってきたものは残せますけどね」
「それでいいんです。このまま、記憶を引きずっていると、もう明日を踏み出すことができないんで」
「……そうですか」
 男店主は首で上下に振って、僕の言葉を咀嚼する。
「……こんな言葉はご存じですか?」
「なんですか?」
 僕は前のめりになって、男店主の言葉に耳を傾けた。
「――過去をひきずるのは大人のすること、いつまでもこだわり続けながらも明日を生きるものです。あなたはその大人を捨てる気ですか?」
 僕は答える。
「過去を転がすのが大人のすることだと思います。過去ばかり転がして、前に進むのを怖がっている。そんな大人になるのでしたら、僕は記憶を捨てます」
 僕は興奮気味にそう答えた。――直感的だったのだろう。それだけ僕は今の大人を嫌っていた。
「そうですか? わかりました。では、記憶室へ来てください」
 男店主は僕を連れて、記憶室と呼ばれる部屋へと連れて行った。


 記憶室は高度な機械が並ぶ部屋だった。その機具を使って、記憶を封じるのだろうと想像できた。
「こちらに腰掛けて」
 記憶室の中央には台座みたいなイスがあり、僕はその上へと座る。男店主は電源を入れて、機械の様子を確かめる。
「そうだ、いいことを教えましょう」
「いったい何をですか?」
「記憶屋が流行った理由についてです。私の独り言みたいなものですので、聞き流してくれてもかまいません」
 男店主は笑いながら、記憶屋が流行った理由について独り言を話し出した。
「元々、記憶屋は政治家や財界人が来るところでした。自分達のした決断で生み出した後ろめたさを消すようにできたのが記憶屋でした。それによって、政治家や財界人は思い切った決断をすることができました」
 記憶屋はエリート層が使うものだったなんて……、知らなかった。
「“決断した責任”の記憶をなくすことで、“自分達の行動を正当化し続ける強さ”を手に入れました。後ろめたさがなくなれば、人間なんでもできます」
「……なんでもできる」
「ところが、その決断した責任を取ることがなくなったことによって、国は暴走し、戦争という悲劇をもたらすことになりました」
「戦争……」
 背筋が寒くなる。心臓がきつく締められる。
「あなたのような若いヒトが記憶屋に来るようになった原因はまさしくそれです。低所得者の家庭において、職業の選択の幅はありません。しかしそんな中でも軍職は大変、高収入の職です。だから軍に務めようとする若者が増えてもおかしくありません」
 男店主は僕の前に来て、頭にヘッドホンみたいなものをつけられた。
「あなたの職もそれでしたね。あなたもまた戦場でヒトを殺したはずです。だからここにきてその後ろめたさをなくそうとする」
「違う!! 僕はまっとうに働いた!!」
「それが後ろめたさです。それを踏み切る力がないあなたは、記憶屋へとやってきた。誰も責任を取らない世界で、あなたもまた責任を取らないように逃げる、そんな店へと」
「僕は違う!! ただ僕は!!」
「じゃあ、戻れますか? 今ならあなたはあなたでいられます」
 男店主はそういうと僕から離れた。

 たぶん、考える時間をくれたんだろう。記憶を忘れたがる僕に最後のチャンスをくれたんだろう。

 しかし、僕の中ではもう答えは決まっている。……もう記憶に蝕まれるのは嫌なんだ。

 それを決断した僕は男店主に頼んだ。
「……戻りません」
「忘れたいんですね?」
「ええ、過去を転がしたくありません」
「……そうですか、わかりました」
 そういって、男店主は僕にメガネのようなものをつけた。
「何かをなくすことで、前に進めるのもいいでしょう。何もないから転がさないんですから」
「ええ」
「でも、こういう考えもできたはずです。転がせなくてもいいと」
「丸いものがあれば、ころがしたくなる。ネコってそんな本能で手まりしてますよね」
 それを聞くと男店主は「わかりました、それじゃあ始めます」と言い、スイッチを入れた。
 店主は僕のことをこう思ったんだろう、弱い人間だと。でも、記憶屋はそんな弱い人間が入ることで儲かっている。強いだと思いたがる人間はそんなものはいらないと思い込む。

 ……だから自殺する奴が出てくるんだ、戦争の後、自殺したアイツみたいに。

 ――僕はそれを忘れたかったから記憶屋に来た。記憶屋に行くか行かないかで悩んだアイツみたいに死にたくなかった、それだけだった。

 誤字脱字、すいません。一応、プロット段階です。